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東京高等裁判所 昭和58年(う)562号 判決

裁判所書記官

斉藤茂雄

本店所在地

東京都豊島区上池袋四丁目四六番一三号

角一興業株式会社

右代表者代表取締役角田正徳

本籍

東京都港区高輪二丁目一二番

住居

同 区高輪二丁目一四番一四号

高輪グランドハイツ三〇九号

会社役員

角田正徳

昭和一二年五月一八日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、昭和五八年二月二八日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し各被告人からそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官小林幹男出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人大森正樹名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小林幹男名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、被告人角一興業株式会社及び同角田正徳に対する原判決の各量刑は、いずれも重過ぎて不当である、というのである。

そこで、調査をすると、本件は、被告人角田正徳(以下、単に被告人という。)が、自分で代表取締役を勤め、不動産の売買等を目的とする被告人角一興業株式会社(以下、被告会社という。)の業務に関し、同会社の昭和五三年九月一日から同五四年八月三一日までの事業年度における実際所得額が二億三七五四万〇六七五円であったのに、架空の外注加工費を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、所轄税務署長に対しその所得金額が八一〇七万三四七一円で、これに対する法人税額(法人税法六七条の留保金額に対する課税分を除く。以下同じ。)が三一〇四万八四〇〇円である旨の虚偽過少の法人税確定申告書を提出して、右事業年度における正規の法人税一億一二九九万七〇〇〇円と右申告税額との差額八一九四万八六〇〇円を免れたという事案であるところ、本件の犯情については、原判決が(量刑の事情)として適切に説示するとおりであって、本件は、その秘匿所得額が一億五六四六万七二〇四円に、所得秘匿率が六五・八パーセントに、ほ脱税額が八一九四万八六〇〇円に、税ほ脱率が七二・五パーセントに達し、被告会社のような資本金一〇〇〇万円、従業員数一五名程度の小企業の脱税としては規模が大きいこと、所得秘匿の不正な方法が弱い立場の発注先業者らに依頼し又は自社従業員に命じて発注先や自社関連会社の内容虚偽の領収書・会計書類を作成させ、架空の外注加工費を支出・負担したように装って費用に計上したものであること、被告人は、本件事業年度の所得及び税額の計算に関与した税理士をも欺し、また申告期限当日になって証拠も示さずに新たな費用の存在を主張して固執し、強引に主張に沿った決算をさせ、同税理士が署名押印を拒否した本件確定申告書を税務署に提出したものであること、被告人の本件脱税の動機は、納税資金の準備不足及び会社の営業基盤の強化にあったというに過ぎず、利己的なものであること、被告会社が実質上被告人の個人企業に近い会社であり、脱税による留保利益もほとんど被告人個人に帰属したのと同様であることに徴すれば、被告人及び被告会社の、とりわけ被告人の刑事責任は重いといわなければならない。そうすると、他面で、本件脱税が一事業年度の所得だけにかかわること、その不正行為の一部は、申告期限の迫った時期に突発的に行われた比較的発覚し易い態様のものであること、本件脱税の全容が発覚した後には、被告人は、昭和五三年八月期分を含めて修正申告をし、営業上の困難に遭遇しながらも、被告人個人の所得税、被告会社の関連地方税とともに本件法人税の納付に努め、原判決宣告前には本件法人税の一部を除き、修正申告に伴う納税を済ませており、残りの法人税も近い将来に完納するつもりで、その具体的見込みがあること、その他所論の指摘する諸事情を被告会社及び被告人のために十分斟酌しても、被告会社を罰金二〇〇〇万円に、被告人を懲役一年、三年間刑の執行猶予に処した原判決の各量刑がいずれも重過ぎて不当であるとはいえないから、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳 裁判官 新田誠志)

○控訴趣意書

昭和五八年(う)第五六二号

被告人 角一興業株式会社

右代表者代表取締役

角田正徳

被告人 角田正徳

右被告人両名に対する法人税法違反被告事件の控訴の趣意は、次のとおりであります。

昭和五八年五月一九日

弁護人 大森正樹

東京高等裁判所第一刑事部

御中

原判決は、刑の量定が不当であります。

原判決は被告人角一興業株式会社に対して、罰金二、〇〇〇万円、同角田正徳に対して、懲役一年執行猶予三年の刑を言渡しましたが、これは被告人らにとって、不当に過重なものといわざるを得ません。原審記録、取調ずみ証拠などに表われている事実のうち、刑の量定に関連する事項について、以下のとおり釈明致します。

(1) 被告人角田の本件法人税ほ脱行為は偶発的であって、計画的ではなく、したがって、その方法も単純幼稚であって、悪質ではなかったこと。

本件脱税にいたるまでの経緯、脱税の具体的方法などに関しては、原審取調ずみの、税理士新井清弘の昭和五七年一〇月一二日付検察官調書、第三項、被告人角田の同年一〇月八日付検察官調書、第二項、同月一二日付同調書、第十九項に明らかでありますが、一言にして言えば、起訴年度の所得が約二億五千万円になることを税理士より告げられた被告角田は、それに対する法人税額に見合うだけの手持の現金のないことに窮し、やむなく架空経費を計上して所得を削減したのであります。すなわち、法人税申告の間際になって、手持現金の不足に窮し、その場の思いつきで、最も単純な架空経費の計上という方法をとったのであります。したがって、本件脱税の方法は時間をかけて計画された悪質なのでは決してなく、一時の思いつきによる偶発的な単純幼稚なものであったのであります。

(2) 被告人角田はその直後、税務当局に謝罪して修正申告をなし、税務、検察当局に対しては進んで取調に応じて、すべてを自白し、以後十分反省改悛していること。

起訴年度の申告直後の昭和五四年一二月初旬ごろ、豊島税務署からの連絡により被告人角田は新井税理士とともに同署に出頭し、以後の取調に応じ、すべてを自白して来たものであります。この間の経緯は前記昭和五七年一〇月一二日付被告人角田の検察官調書の第九項以降に明らかであります。しかしてその後国税局の調査の終了した昭和五六年一月八日付をもって、国税局の指示どおりの修正申告をなしたこと、弁護人提出の弁第一号証(修正申告書控)に明らかであります。

さらに、被告人の捜査当時以来の一連の調書および本件公判調書を通読すれば、被告人は当初の捜査着手当時から、最終の公判の供述にいたるまで、一貫してすべてを自白し、公判立会検察官の求めに応じて合意書面まで作成して本件公判の審理促進に進んで協力し、深く反省改悛していること明らかであります。

(3) 被告人会社の納税について

第一審弁護人の最終弁論および第一審当時取調ずみの弁第八、九、一一-一五号各証に明らかなように、被告人会社は本件納税期限後間もなくの昭和五五年八月、多額の詐欺被害にあいこれに関連して、以後次々と多額の出費を強いられることになり、これらがすべて銀行借入金のため、被告人会社はその後今日に至るもその金利負担の重圧に苦しんでいる実情であります。

以上の次第であって、被告人会社とすれば甚だ資金繰りの苦しい中で、原審取調ずみの弁第二-六号各証、同第一六号証の一-三、第一七、一八号各証、その後追加取調ずみとなった税務当局の各現金領収証書などにより明らかなように、被告人会社代表者被告人角田個人が納税保証をなし、被告人会社の不動産および被告人の本件事件の保釈保証金まで税務当局に提供してその差押を受け、その結果、被告人会社の差押を受けた不動産などの価格は、被告人会社の未払税額より遥かに多額となっており、しかも東京国税局長との間において、差押不動産が売却できたときは、一坪当り金十五万円の割合にて国税を納付する旨、これに違反したときは、如何なる処分にも異議のない旨の誓約書を差入れ、しかも現在までに相当高額の支払をして来た事実が明らかであります。

以上の次第であって、被告人会社としては、現在まで可能な限りの納税をして来たのであり、前述の事情と、本件納税未納分に対する延滞税の方が、銀行借入金の金利より高率であることを合せ考えれば、近い将来未納税金が完納されること明らかといわざるを得ません。したがって、被告人会社の納税については、右の実情を十分御斟酌賜りたく存ずる次第であります。

(4) 被告人らのすでに受けた制裁について

被告人会社は、当然のこととはいえ、本件脱税行為により法人税所定の重加算税を課税され、さらに原審取調ずみの弁第一〇号証で明らかなように、青色申告承認の取消処分を受け、そのため前述の多額の詐欺被害について、損害の繰戻の特典をも失った次第であります。これらは被告人会社の受けた制裁というに十分であります。

一方、被告人角田についてでありますが、同人は原審勾留記録に明らかなとおり、昭和五七年一〇月四日から同年一一月一二日まで、四〇日間にわたり身柄拘束されました。脱税事件において、しかも前述のように、当初より一貫して認めている事件において、身柄拘束されることは誠に稀有でありますが、これは被告人角田と取調検察官との些細なことに関する法的見解の不一致にもとずくものであって、罪証隠滅その他の勾留理由があったわけではありません。

被告人の右勾留による肉体的、精神的苦痛はともかくとして、被告人会社は被告一人の完全なワンマン会社であったため、手形決済、銀行借入その他業務執行すべてが被告人の指示がなければできない実情であり、しかも右勾留期間中の起所当日までの全期間、検察官の接見禁止の処置が遂に最後まで解除されず、ために弁護人が毎日のように会社と被告人との間の連絡係を務めざるを得ず、結局、被告人会社関係者一同正に塗炭の苦しみを強いられた実情であります。被告人に対する右勾留は、何の予告もなく突如執行され、しかも長期間、弁護人による短時間の面会以外は一切連絡を断たれ、このため蒙った苦痛、損害は、確定懲役刑の執行より、数倍も大きいものといって過言ではありません。

以上の次第であって、被告人らは本件言渡刑の以前に、すでに右のような大きな制裁を受けているので、本件の刑の量定に当っては、この点も十分御考慮願いたいと存ずる次第であります。

以上の諸点を合せ考えれば、原審言渡刑は過重に失すること明らかといわざるを得ず、したがって、原判決は破棄を免れないものと確信するので、以上のとおり刑の量定不当の控訴趣意を述べる次第であります。

以上

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